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3月の花:著莪(シャガ)

未生流東重甫

暦上でも春となり、ようやく春の訪れを感じさせてくれる風が優しく頬をかすめ、花の匂いや土の匂いと共に暖かさを運んでくれるようになってきました。木々の装いの美しさに誘われ飛び交う小鳥達の声も陽気に弾んでいるようで心和む思いです。あまり上手く歌えなかった鶯がようやく「ホーホケキョッ!」と澄んだ鳴き声をあげて飛び交います。このように季節の移り変わりは繰り返されてはいますが、冬の寒さから暖かい春へと移りゆく時期は誰もが「さあ、これから…!」といった心機一転新しい気持ちに駆られる時期でもあります。 春は多くの木々が華やかに咲く時期ではありますが、今月は華やかに咲き誇る木々や大木の下で群がって咲く著莪(しゃが)を取り上げます。

著莪は、被子植物、単子葉類、キジカクシ目、アヤメ科、アヤメ属、シャガ種 に分類される多年草で、学名をIris Japonica Thunb、著莪・胡蝶花といいます。和名は本来は檜扇(ひおうぎ)の中国名である射干からきているといわれています。また、別名にはおかだちかっこ、からすのおうぎ、しゃがばな、とうかん、どらしょうぶ、にんぎょうくさ、ひおうぎ、みちきり、めくらかっこ、めくらしょうぶ、やぶしょうぶ、よねやましょうぶ、沙莪、青葉、鳶尾(イチハツを誤用=伝書には此の文字を使った物もかなりあります)等があります。 なお、著莪は中国中部から日本の本州、四国、九州に群生しており、山の斜面や木々の足元、古い大木の陰であまり派手ではありませんが、とても美しい花を咲かせます。花は1日花ですが、次々と咲いて目を楽しませてくれます。葉も艶やかで美しく、杜若や菖蒲のように強い葉ではありませんが、優しく揺れる葉に木漏れ日が当たると波のように光が流れていくようです。

 アヤメ属に分類されていますが、生育条件と花の形が他のアヤメ属とは異なり、杉林や竹林などの林床に生育しています。日本には古くに中国から渡来したとされ、三倍体で種子は出来ませんが中国では種子が出来るものもあるそうです。40~60cmある葉は越冬性、濃い緑色で光沢があります。長く這うほっそりとした根茎から扇状に束生します。根茎から長いストロン(ほふく枝)を伸ばし増えるため大きな群落を形成します。前述のとおり、花は一日花で葉株とは別に花茎を花より伸ばします。

<いけばなとシャガ> 立花(りっか:室町時代に成立した最も古い様式のこと)では「著莪は四時しぼまざる草にて、木に応合い草にまじえて重宝なるもの」と説明があり、四季を通じて葉は青く、春咲く花の時期以外にも応合いとして重宝されています。 未生流の伝書「体用相応の巻」の「長葉十種* 挿け方の心得 十箇条」の一番目に以下の説明があります。 

 胡蝶花の挿け方は始めに四五葉行儀よく組みたる葉を入れる。これ用なり。その上に花を体用と入れ、それより体の葉三四葉遣う。それより留の花を入れ小葉の程よきを入れる。これ留葉なり。又花数多く遣う時は堺葉を遣う。花丈長き時は葉より高く遣う。短き時は低く遣いてよろし。小葉の行儀よく組みたるを遣う事肝要なり。

葉の性質から菖蒲や杜若のように形よく組み直すことが出来ないため、最初に形の良いものを選ばなくてはなりません。用は4~5葉とありますが、姿の良いものをそのまま使うように指示されています。 体の葉も同様に選びます。留の葉は小葉で姿の良いものを選びますが、虚実を意識して留だけを組み直していける事もあります。花は時期により葉より低い時期は低く高いときは高くいけます。花数が多い場合は堺葉(さかいば)を入れますが、出生から葉先の立つものは少なく、3~4葉の立葉を選ぶ必要があります。

出生を踏まえ、なびく葉の美しさを忘れず表現したいものです。器は据物がいけ易いようです。応合いや寄せいけも良いですが、白い花ですので一種で挿けることが多いようです。格花だけではなく、美しく艶やかな濃い緑の葉は一輪挿しや個性瓶花・造形手法にも用います。

*:胡蝶花(しゃが)、鳶尾草(いちはつ)、白頭草(おきなくさ)、萱草(かんぞう)、正宗菖蒲、縞蒲、花菖蒲、燕子花(かきつばた)、水仙、蘭

photo by Qwert1234 on Wikimedia commons

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