1月、2月、3月と新年を迎えた喜びもつかの間、3ヵ月間が慌ただしく過ぎていき、あっという間に4月です。そんな中でも、日本の季節を彩る花たちは出番を待ちかねて美しい姿を見せてくれます。 冬は緑の物が多いですが、お蔭でいけばなではその時節の花を愛でる事が出来ます。1月は蝋梅(ろうばい)が冬の澄み切った空気に溶け込んで良い香りを放ち、その後白梅がちらほら咲き始めます。また、例年通り福寿草や千両も新春を飾ってくれています。2月になると紅梅も追いかけて咲いてきます。蝋梅ほどではありませんが、一面春の薫を漂わせて道行く人の足取りを軽くしてくれます。また、山茱萸(さんしゅゆ)が黄色い花を咲かせ、満作が恥ずかしそうに咲き、陽ざしを感じ辛夷が両手を広げるようにして背伸びをします。そして3月下旬には、咲き乱れる桜、桜の競演が始まり、青空に映え、水面に賑わう姿はやはり桜は春の女王ではないかと思います。草花に目をやれば、今年は酉年ということもあってかストレリチアの出番が多かったようです。 季節の花は、通年の花に比べ花咲く時期は短いものですが、その分気候と共有する空間を多く楽しませてくれます。そして春に咲く花は数多くあり沢山の人がそれを愛でてくれますが、中には人知れず咲いている花もあります。 春真っ盛りに向かう4月の花ですが、いけばなで遣うと「これは何ですか?」と訊かれることも多い葉蘭(はらん)をご紹介します。 葉蘭は、キジカクシ目、キジカクシ科(ユリ科説もあり)、スズラン亜科、ハラン属に分類される被子植物単子葉類です。学名をaspidistra elatior Blume 、英名はcast-iron plantといい、和名にははらん(葉蘭)、ばらん(馬蘭)、蜘蛛抱葉があり、別名にはせんつば、はら、はらう、ばれん、ひとつば、ひろは、一葉帆青、芭蘭、拝蘭、苞蘭、紫菊などがあります。 ハラン属は、ヒマラヤから中国、台湾に約30種分布、またはインド東部、ベトナム、ラオス、中国、台湾、日本で約85種発見されているといわれています。日本の庭園などに栽培されているハラン属は中国の中南部から渡来したものです。人里近い山林ではほぼ野生化状態で生育することもあり、鹿児島県大隅諸島の黒島のものは自生であるともいわれています。 葉は楕円形で50cm以上もあり大きく薄いが硬い。巻葉から茎が伸びて葉が開き、地下茎として横に這うように広がり1m以上になります。 また、葉蘭の花は、枯れ葉の下に埋もれて上向きに開花していることが多いため、滅多に気付かれることはありません。直径2~3cmで8枚の花被片が基部で合着して筒状になり、中央に紫褐色で傘型の柱頭が目立ちます。一説ではナメクジやカタツムリが花粉を媒介するとも言われていましたが、1995年にヨコエビ類のニホンオカトビムシが花粉の媒介を担っていることが示されました。 葉蘭は年中葉が青々と美しく、古くから料理の盛り付けの仕切りや搔敷(かいしき;料理の下に敷くもの)などに用いられてきました。江戸前の鮨ではササが使われますが、関西では葉蘭がその代わりに用いられ、代表的な「関所切り」をはじめ、繊細な切れ込みを入れたものを飾ります。 ≪いけばなと葉蘭≫ 葉蘭の園芸品種は多くありますが、いけばなで使われる代表的なものは、青い葉蘭、縞葉蘭、旭葉蘭、星葉蘭などです。 水揚げは良く、揉め(曲げること)も効きますので伝承の花だけでなく今風の新花や造形にも使われます。また、大きな花瓶にいける場合縞葉蘭などを足元に用いると明るい色合いで華やかさが増します。 先端が尖っているため、流れを意識することもできますし、よく揉りますので丸める、繊維がはっきりしているので葉脈に添ってはさみを入れることもできます。もっとも星葉蘭(天の川)は葉質が硬く、細い目の葉が多いためあまり手を加えることは望ましくありません。 未生流伝書体用相応の巻「葉物十種組み方の心得」に詳しく以下の説明があります。 (中略)これ常盤草なるが故に、時候の草花を応合うべし。かつ芭蘭に挿け交ぜ応合いの遣い方あり。縞芭蘭などを十三五枚位常の如く挿け、(中略)瞿麦、仙翁をちらちら遣うなり。至極麗しき事なり。又芭蕉の花は三月より四月迄咲くなり。この頃はほかの花を応合わず客席に挿けて苦しからず。(以下略)。 以上のように挿け方を始め応合いのことも詳しく説明があり、また伝書の説明から江戸時代後半には縞芭蘭が栽培されていたことが推察されます。 3枚から50枚以上もいける事がある花材です。一般的な稽古では10枚/組で花屋さんに用意して頂きますので、格花では挿ける事の多い7枚9枚でも体の前添え辺りに堺葉(さかいば)として用います。 また、ワイヤーや両面テープは使わずいけます。葉は大葉、中葉、小葉を揃えて用意することが望まれます。なお、葉が大きいからといって葉の先端を切ってあるものをよく見ますが、先端を切る事は命を絶つことになると心得ていけてください。水を切らず、触って傷めないように要領よくいけましょう。その為には葉選びが重要です。
縞葉蘭 photo by rrei320 on Flickr, modified.