「9月の風は秋を感じさせてくれます」というセリフも久しく、ここ数年は9月に入ってもまだ秋を満喫できるような気候ではありません。暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので、秋のお彼岸の頃には朝夕の爽やかな風が心地よく頬を撫でて行き過ぎます。まだまだ残暑が厳しい日々が続きますが、今月は月のコラムに関連した花にちなんで秋の蘭をご紹介します。
蘭は、約800属、2万種にのぼる被子植物の中で最も多様性に富む一群です。一般的に蘭といえば胡蝶蘭(こちょうらん)やカトレア、シンピジューム、オンシジューム、バンダ、デンドロ、デンファーレなど色形の美しい洋ランが店先を飾っています。同じ胡蝶蘭でも多くの種類がありますし、毎年のように新種を見る事が出来ます。また、切花より鉢物を愉しむ事が多いようです。
洋ランは美しい花ではありますが、伝承の格花には似つかわしい物ではなく、伝承のいけばなで蘭といえば春蘭(しゅんらん:詳細は平成26年3月の花のコラムを参照ください)を意味します。 また、秋に咲く蘭も多くあります。スルガ蘭やシナ蘭他多種多属ありますが、秋の七草でもある藤袴(ふじばかま)も同じ秋蘭(しゅうらん)といいます。
なお、寒蘭、報歳蘭などは冬に咲き、ナギランなどは夏に咲きます。アキザキナギランやヘツカランは秋咲きの蘭ですが、あまり見ることは出来ない希少種です。
数ある種類の蘭の中から、代表的なものを以下にご紹介します。
① 駿河蘭(するがらん) クサスギカズラ目、ラン科、シュンラン属、スルガランに分類される被子植物です。学名をCymbidium ensifolium、漢名を「建春」、和名を駿河蘭と書きますが由来は不明です 東南アジアに広く分布し、日本には中国(福建省)の栽培品が伝えられました。 草姿はカンランに似ていますが、花被片はカンランより幅広です。花は6月から10月にかけて咲きます。
② 朝咲き那岐蘭(アサザキナギラン) ナギラン(学名Cymbidium lancifolium) は、葉がマキ科のナギににている事にちなんで名前がついています。那岐蘭は乳白色の花が6月から8月に咲くのに対し、アサザキナギラン(学名Cymbidium aspidistrifolium)は、10月から11月に黄緑色の花を咲かせます。
③ 辺塚蘭(ヘツカラン) ラン科シュンラン属に分類される多年草で、学名はCymbidium dayanumです。日本では九州南部、種子島、沖縄に分布し、花は10月から11月に、乳白色で赤紫の条斑が入り、下垂し十数花をつけます。 名前は鹿児島県の地名に由来しています。
④ シナ蘭 中国から渡来したシュンラン系の総称と考えられます。芳香を放つ楚々と咲く蘭は、いけばなに遣う花の中でも最上の花ではないかと思います。 葉の特徴は南画の画題にもなり、日本ではそれを受けて着物の図柄や陶器の絵付けにも遣われています。未生流では「鳳眼」という葉の見せ方が特徴の花であり、小さくとも気品高く挿けたいものです。
<いけばなと蘭> 伝承のいけばなでの蘭は、小さくとも気品のある春蘭を意味し、季節が異なっても春蘭に属すものをいいます。 花の優雅さ、凛とした中に流れる様な優しさを見せる葉、そして目立たない花ではありますが、生きる場を与えるとどの花より高貴な優雅さを感じさせてくれます。 未生流では、春蘭の葉の特徴を表現した「鳳眼」という葉の見せ方でいけます。鳳眼とは、長く先端が垂れてくる葉の下に直ぐに伸びる葉をいけて葉の交差する形を鳳凰の眼の様だと表現したものです。これもまた南画の影響を受けたものです。 蘭は、四君子の1つとしていけたり、花衣桁等に一挿けでいけたりします。これについては、伝書体用相応の巻の杜若や水仙と同じ「長葉十種挿け方の心得」に説明があります。 特徴のある花ですので小さくとも気品高く挿けたいものです。