3月になりました。この時期は、入学・入社、転勤などで慌ただしく引越しをする人が多い時期でもあります。現代社会において、引越し(移徙)は当然のごとく行われ、家やマンションにそこまで愛着がないこともあり、引越しが一大事業と考える暇もなく住みつき、その社会になれていきます。加えて、床の間のある新宅も少なくなってきました。
しかしながら、江戸時代はもちろんのこと、昭和の時代に入ってからも新しい家への引っ越しは、実は大変な事業でありました。
新築を建てて移り住み、新宅にお客を迎え披露し、そのお客をもてなす花でもあり、縁担ぎでもある花を床の間にいける、そんな事が引越しの中の1つのイベントとして考え成されていたようです。
また、新築だけでなく、古き家でも引っ越す際に一番気を遣うのが火難であり、その難除けを目的として床の間にいける花に心が配られていました。
伝書三才の巻に、引越しについての以下の記載があります。
新宅に徙りし時の花は、二重切にて下の口へ白き花を挿ける。尤も水草ならば至極よろし。上の口へは花を挿けず、四季の差別なく水は十一分に注ぐべし。下口の水は定法に注ぐなり。赤色は火に縁ある故に之を忌む。又古き家へ移徙の時も二重切にて上口に白き花を挿ける。下口は黄色の花か水草か又は葉ものを遣う。水は四季とも十分に注ぐべし。火難を防ぐの心得第一なり。
「四季の差別なく」とありますが、これは四季足し水の心得として「春秋は九分、夏は十分、暑中は十一分、冬は八分、寒中七分と心得べし」と三才の巻に説明があります。また、五行説から、四季に応じて水の量を変える事でただ汲み置いた水(癸;みずのと)を活物(壬;みずのえ)たらしめます。
なお、未生流の秘伝には、「新宅花は水を祝う心也。又赤き花は第一に禁ず。尤も黄色は許す。赤きは火の色赤故と心得べし。」と説明されています。
以上のことから、新宅花には水仙を始め白桃や猫柳などの陸物や、白蓮、杜若、水葵等の水草が選ばれあることが多いです。
火に対してとても敏感なように感じますが、これは今の時代にも相通ずる所です。これは五行説の相克の考え方の1つである、水剋火(水は火の力を弱めるもの)であり、いけばなでも水剋火の考えから、水物を使うことは至極当然としています。