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  • 未生流東重甫

1月の花:竹


今月は日本の関係が古い「竹」をご紹介します。竹と日本の歴史は「神代」にさかのぼり、縄文時代(約1万~2300年前)の土器に竹を描いたものが多く出土おり、弥生時代(約2300年~1700年前)から古墳時代(約1700~1500年前)には竹管(竹玉)が祭祀具として用いられたことが明らかになっており、加えて竹の1種であるネマガリダケが秋田で、メダケが鹿児島で化石が発見されています。

古代において竹が神聖なものとして、ニニギノミコトの妃であるコノハナサクヤヒメが皇子を生んだ際、へそのおを切るのに竹へらを用いたとされています。また、「古事記」(712年)「日本書紀」(740年)にも筍を食した話などが書され、万葉集に細竹目(めだけ)、 呉竹(はちく)、名用竹(なりひらだけ)、刺竹、宇恵竹、打竹、辟竹(さきたけ)の名が見られます。竹の栽培の歴史も古く、河岸に植えた竹は治水と竹材の利用を兼ねていたようです。景行天皇(57年?)に大和国 坂千池の堤に真竹を植えさせた事が記録に残っており、その後も仁明天皇から清和天皇 (833年/天長~875年/貞観) 時代に島根県江川の沿岸に竹を植え付けたのを始め、豊臣秀吉(1580~1591年)が京都の木津川の沿岸および京都の周り28kmにわたる大堤に竹を植えた事等のほとんどが真竹であったようです。

竹は、被子植物門単子葉植物網イネ科タケ亜科タケ連(広義)に分類され、学名をBambuseae Kunth ex Dumortとし、広義にはイネ目イネ科タケ亜科のうち、大本(木)の様に茎が木質化する種の総称です。通常の大本と異なり、二次肥大成長はしませんが、これは草本の特徴であることから、タケが草本か木本かは意見が分かれる所以でもあります。なお、タケの近縁種は全て草本で木本は存在しませんが、その草本と対比してタケは木本とされる事が多いようです。広義の竹は生育型から狭義のタケ、ササ、バンブーの3つに分類され、前者の2つは地下茎で繁殖するのに対し、バンブーは株分かれによって株立ち状になります。タケは、気候が温暖で湿潤な地域に分布し、アジアの温帯 熱帯地域に多く、ササは寒冷地にも自生します。北アフリカ ヨーロッパ 北アメリカの大部分では見られません。その他、タケとササの見分け方を下表にまとめましたので、参考にしてみてください。

また、日本で生育しているタケ類の代表的なものには、マダケ、モウソウチク(173年頃中国より)、ハチク、ホテイチク、キッコウチク、ダケ、チシマザサ(ネマガリダケ)、ヤダケ、ホウライチク、ナリヒラダケ、トウチク、シホウチクがあります。

竹の利用方法は様々ですが、用途に準じてそれに適した処置が必要になります。青竹は、伐採した状態そのままのものを表し、火で焙る(乾式)もしくは苛性ソーダで煮沸(湿式)により脂抜きをしたものを晒し竹、ある程度炭化させたものを炭化竹、伐採後数か月から数年間自然に枯れさせたものや家屋の屋根裏で数十年間囲炉裏や竈の煙で燻された燻し竹と呼び、処置する事によって様々な素材としての竹を得る事が出来ます。また、伐採する時期により耐久性の違いがある事が知られています。一般的に、水を揚げている活動期に伐採されたものは耐久期間が短く、晩秋から冬の冬眠期に伐採されたものは耐久期間が長いとされています 。

用途については、他の植物に比べて私たちの生活に様々なものがあり、その多さに驚きます。古くから建築の塗り壁の素地や床材、簾、竹垣(京都建仁寺の竹垣等は有名)、 天井(網代など)台所の火吹き竹、竹製管楽器、ししおどし、ざる、籠、箸、提灯や和傘扇子などの骨、そしてレコード針や茶華道の道具類、竹トンボ等の遊び道具、素材としてまだまだいたる所で活躍している竹ですが、食用としても活躍の場を確立しています。食用として筍(たけのこ。別名竹の子)、竹芽、竹胎、竹笋、笋羹、竜孫、竜児などがあります。ちなみに、発明王のエジソンが竹の炭素を利用したフィラメントとして白熱電灯を作ったことはよくご存じかと思いますが、この竹は特に京都八幡市男山付近の竹が選ばれています。

また、竹は青々として真っ直ぐに伸びる様子から、榊と共に清浄な植物の1つとされています。地鎮祭などで四隅に立てられる青竹を忌竹 斎竹といいますし、竹を霊の依代(よりしろ)として、三本の竹を松で囲み荒縄で結んだものを門松として門前に飾り(お正月の門松の由来です)、七夕に飾る竹笹も祖先の精霊が宿る依代とされました。以上のように、私たちの生活に大変馴染みのある竹ですが、ことわざにも頻出しています。少しだけ例を挙げると、竹を割ったような(性格)や、破竹の勢い、竹馬(ちくば)の友、竹を木に接ぐ、松の事は松に習え、竹の事は竹に習え、竹箆(しっぺ)返し、竹頭木屑(ちくとうぼくせつ)、雨後の筍、など、他にも多くあります。意味については調べてみると面白いかと思います。

《いけばなと竹》

いけばなでの竹の役割はあまり多くはありませんが、松竹梅に代表されます様に祝事慶事に使われることがあります。正月二日に七五三の伝の竹をいけます。また、高位高官の結婚式には松竹梅をいけ、平民は松と竹をいけました。この他、四君子の花や藪の梅、護家の梅などにも使います。竹の葉の形には特徴があり、金魚尾(先端三枚の葉)、飛雁(三枚ある葉の先端一枚が開いてない)・魚尾(先端二枚の葉)と名付けて使います。婚礼の花には、この三種の葉を体に飛雁、用に金魚尾、留に魚尾を多く使うようにします(詳細は婚礼の花のコラムをご参照ください)。

(photo by Alex Nelson on flickr)

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