• 未生流東重甫

「華道玄解」 荒木白鳳著  閲覧9

「華道玄解」 荒木白鳳著  閲覧9

2020年10月のコラム

 今年2月より閲覧から開始し、8月までは三才之巻研究資料まで読み進めました。9月からは體用相應之巻研究資料に進み、9月は「序」と「三才体用相應の義」を閲覧いたしました。今月10月のコラムは「人類体用相応の義」へと進みますが、あまりにも華道とかけ離れていますが、時代相応の知識も知っておいて損はありません。思想、考え方の違いを感じることを目的として一応原文通りに進めます。

 挿花は、室町時代から今に至るわけですが、時代に先立ち能の秘伝にも「花」という美を遣い芸の道を説いているものがあります。「至花道」「風姿花伝」「花鏡」(世阿弥著)などが該当しますが、芸道という道を説いている以上、我々華道家にも通じる所が多々あります。

「風姿花伝」には一般的にも知られている有名な言葉があります。

“秘する花を知ること。「秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず。」となり。この分け目を知ること、肝要の花なり。”

『秘密にする芸の花があることを知ること。「秘密にすれば芸の花となり、秘密にしなければ芸の花であることができまい。」ということだ。この分け目を知ることが、芸の花についてたいせつなことである。』(漢籍郷学所訳)

よく耳にする言葉ではないでしょうか。挿花においてもよく引用されますが、この言葉について異なる解釈をされている方もおられます。これは、いけばなを鑑賞する方に対しての言葉であって師範や弟子に対しての言葉ではありません。

そして、花道を追求した言葉の著「華道玄解」に通ずるところも多く、ところどころで同じような意味の記載を目にすることがあります。

この機会に、弟子への言葉、技術鍛錬のための言葉を少し探ってみようと思います。

「華道玄解」より

《 「體用相應の巻研究資料」 》 (人類体用相応の義)

「人類の体用相應の義とは。己身に應ずる用を爲て身を立つる事なり。是れが即人の正しき行ひなり。

高貴の人は高貴の用を勤め。卑賎の人は卑賎の用を努め。教師は教師の用。僧は僧の用。官人は官人の用。民人は民人の用。富者は富者の用。貧者は貧者の用。家長は家長の用。家従は家従の用あり。倶に其身の適用を勤むる事が体用相應の善法なり。此の法正しく行はるゝ時は家齊ととのひ。庶民相和し國治まりて世界は平和なり。人は其身の行に因て心に變化を起し。遂には身にも變化を来す。故に若し高貴に生れし人が。卑賎の思を起し。其業を營む時は。分別を誤り高貴の徳を失ひ。遂には貧賤に堕す。若し高貴の家に生れし人が。貧者の思を起し其業を僞似る時は。富貴の徳を失い終には貧者に堕す。若し高貴に生れし人が其分業を守り。而して後に卑賎の業にも通じ下民の情を察して。之れに保護するは道に適へば次第に其位を増す。富者も又是の如し。

若し其身富貴高徳に非ずして。其業を羨み、是を眞似んと欲し。常に偽装をなし。他を欺くは反って己を欺くものなり故に遂に悪報を受けて。其身を亡失するに至らん。然れども卑賎の人。高貴の業を學び。慢を慎み常に己れを顧りみて。分を守り而して後高貴富者の用を補佐するは。自然の道に適ひて。己れの徳を進む故に。遂には高貴富者の眞意を得るに至る。

家長が己の本分を怠り。而して家従の範圍の用を主とせば、家政乱れて遂には家を亡ぼす。若し本文を勤め然る後家従の分を扶くるは厚情自ら來る。故に自然の道に適ひ家族和楽し其家愈々榮ゆ。

若し家従の者が。己れの分を怠り家長の用に差し出るは道に背き。其身の進路も妨ぐ。若し長者の業を習修して。然る後餘暇を以って。長者の用を佐くるは。自然の道に適ひ發達の道を開き。遂には立身して榮ゆ。

大官は國家の政治を治むるを用とし

軍人は國を守護するを以って用とし

官吏は庶民を守護するを以って用とし

世教の師は。身を修め。業を勤め。家を齊へ。國報の道を教示するを以って。用とし。宗教の師は。心を修め。迷信を戒め。天地に報恩の道を示し。永遠に世界持續の道を指導するを以って用とす。

華道は此の中庸にして、世恩を報じ、和楽を以って、身心を修む事を教示するを以って用とす。故に僧侶教師の類は指導を用とす。故に若し道を誤らば、人を迷はし、國を乱し、世を乱すに至る。世教誤らば國を乱し、僧侶誤らば人を迷はし、世を乱す。華道誤らば人を迷はし、是を堕せしめ己れを亡ぼす。世學は貧憍を導き、宗教は怠慢を導き、華道は驕奢を導く、倶に惡果の因となる。世學の學位は憍慢心を、増長せしめ、自守の用に果り。齊家を主とすれば、和合心を缺き虚榮心と我慾を主とし、他犯を主とす。故に慢すれば國を乱す。宗學の迷信、他界を夢想して、現世を忘れ、現前の用を怠る。個己の悟道は、慢心を助長し、遁世を主とし自然の用を誤まる。華道の虚式を主とすれば、時を忘れ、技を主とすれば自然の功を滅却し、美觀を主とすれば、驕奢に流れ、自然の道に背く。是れ皆人類の体用相應を誤る者にして、忘國の起因となる。是れ世界衰滅の起因たり。」

時代相応の言葉の中に何か今の時代にも相通じるところを感じます。

 華道においての教として説く講義内容に「中庸」の一編を引用することがあります。「中庸」とは、「礼記」(周時代から前漢時代)の中から礼記中庸篇として伝えられたものです。孔子を始祖とする「儒学」において、徳の概念をあらわしたものとされており、儒学を学ぶ「四書」として論語、大学、中庸、孟子があげられます。

この「中庸」に以下の記載があります。

「天命を知る」 “天の命 是れを性といい、性に随うこれを道といい、道を修むるこれを教えという”

解説すると、次のとおりになります。

「天が人に授けたものが人の本性であり、その本性に自然に従うことを人の道という。

人が歩まなければならない道を修めるのが教育である。

森羅万象は、すべて天によって創造されたもので、それぞれに与えられた働きがある、これを「天命」というが、最も大切なのは、天命を完成させるための道が、皆それぞれ違うので迷わぬよう先人たちが道標を与えてくれる、これを「教え」という。」

 前記「華道玄解」で、言おうとするところに通じる部分もあると思い、記してみました。

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