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  • 未生流東重甫

「華道玄解」 荒木白鳳著  閲覧38 

2023年7月のコラム「華道玄解」 荒木白鳳著  閲覧38


今年も夏がやってきました。毎年、「今年は暑いですね!」と挨拶をすることに違和感を覚えています。夏の暑さを不快に感じていないといえば嘘になりますが、汗をかくくらいの暑さは好きな人間ではあります。

暑さにめげずというより、陽差しを楽しんでいるかのような草木に感謝します。夏の陽差しの中の木陰は実に清々しい。特に青紅葉の木影は見て美しく爽快な感じがします。そこに佇んでいるだけで幸せ感を与え続ける木々は、「仁」の心を持っているのでしょう。

不快感を言葉に出して、聞く人の気持ちにならない人は、自分は幸せであろうが「仁」の人ではないと思います。道を学ぶ人は、おおよそ「礼」を重んじて研鑽を重ねています。しかし「礼」の形は出来ても、「仁」の心にはなりきっていないのが現状ではないでしょうか。

人は習うことが好きで多くの人が何かを習っています。習い事とはその事の形ばかりを習って、心の持ち方までは学び取ってはいません。例えば、華道であってもいけばなに過ぎない、ただ形だけを習っている人がほとんどではないでしょうか。習うとは、教える側を超えることは出来ないに等しいもので、やはり「学ぶ」所まで進まないと教える人の弟子に過ぎません。それは哀しい事ではないでしょうか。個々の学びこそが進む道であり、日々進歩する根元というべきものではないかと考えるようになりました。

「華道玄解」を初めて読んだとき、いけばなとはこのようなことも考えなくてはならないのかと、衝撃を受けるとともに深く学ぶことの楽しさを感じることが出来ました。言葉の一字一句が新鮮な気持ちで二度目を読み進め、当然理解するに到るわけではありませんが、少し理解できたような気持ちになりました。

これからが「学ぶ」ということではないか、3度、4度と読んでいく間にきっと自分自身の心とぶつかり合えるのではないかと自負しつつ今に到りました。コラムとして皆様に紹介しつつ、学んでいる自分が嬉しく思えます。

そしていよいよこの閲覧も最後の頁を迎えることになりました。未生流の伝書六巻の最後に授かる「伝書 規矩の巻参考資料」から寶器規矩之由来」「七種寶器之由来」読み進めたいと思います。この章では、規矩の巻に示されている事を改めて書されています。


“寶器規矩之由来

寶器とは本流規矩の寸。渡の竹器なり。「寸とは數の意也「渡とは、計なり、度なり、測なり、定なり、自然の數測り定むる意也、此規定の像は、宇宙の本体の像る、則地水火風空の五大なり、此の五大は、萬物を納入る器にして、無始より盡未来際まで曾つて増減あることなし



                     

譬へば一つの良田に数百年の間、年々數石の穀納を産出す。

其収穫高、數百石を得、然るに此土地消耗ある事なし、泉水の流出、百年の間、其量計るべかざる、然るに大会の水は増さず、水原盡くる事なし、一物生ずれば、一空生じ一物減ずれば、一空滅す、影の像に添ふが如し、實に不可思議の珍賓なり、故に是の大賓に據りて、華道の寶器を製作する所以なり、故に製する時、先づ元質の寸を測り、其質の應じて、全体を定むるものなり、如是なして作りたる器物は宇宙の本体と、少しも違ふ事なし用ふる法寸は亦自然不滅三才の寸なり

寸尺の起因圖によりて考ふべし


七種寶器之由来

獅子口 

獅子口とは萬法の開顕の意なり、萬法皆師の開示に依て起る、天地ひらけ萬物自ら生ずと雖も、未だ人師の出でざる時は、其用爲す事なし、萬物死物に等し、人師使用の道を教へて、始めて活用す、故に師は萬法の根元なり故に獅子口は人師開口の象なり則ち師々の口なり

寸渡   

渡(寸)度は、人体に像どる前の如く寸度の基、宇宙の本体を象る、人は一個の小天天地の象也

佛書に曰く

頭の円相は天なり。足の方形は地の位なり。心中の空虚は虚空に象る、腹の溫熱は春夏の気候なり。背の剛きは、秋冬を示す。四肢は四時なり、大骨の節一二は一二ヶ月を示す。小骨の節三六十は。年の日數、三六十日をしめす。鼻よりする出入の息は、三澤谿谷の風なり。口よりする出入の息は、虚空の風なり。眼は日月の象、開閉するは晝夜を表す。頭の髪は辰の象、眉は北斗の象、血脈は江河に象る。骨は金石に象る、肉は土地に象り。五体の毛は草木に象り。五臓は天の五體地の五岳なり。亦肉は土、骨髄は水、血は火、皮は風、筋は木なりとある。故に小天地を云ふ。人に倚って法定む故宇宙の寶器なり

鮟鱇   

鮟鱇は、忍受の意亦口の廣きを大海の意に取る意は戒めの意其心大海の如くにして事を忍受すれば、國家其身安泰の基なり、修行道を示す象なり

手杵   

天地に象る器の上下同寸にて陰陽等分の働きを示す。天地能く物生化するも亦物を消化す故に和合の意を示す

二柱   

天津御神の陰陽二神の尊影に象る我國和合の祖神なり

橋杭   

橋杭は、法橋の意なり、渡濟の意なり、弘教して人を渡す、未熟な人を導き、初發の人師なり橋は道杭は法なり


二十獅子口二十獅子口は、先師に依りて道法を傳はり、道を得て、人を導く、報恩の意なり。故に師を重ぬる意なり、故諸法傳統して絶る事無きを示す


七種は何れも天下を治むむる大寶なり。故に華道も是に順じて、此七種を寶器と定む。然れば七種の花器は草木を挿る器物に製すと雖も人類精華の寶器として、美徳を開顕す理を知らしむ爲是を制定する者なり規矩は則ち軌範なり、天下に一物を生ぜば自ら其規矩備はる、故に華道に於て物を製作するに必ず此の自然の定數を以て規矩を定む、人類の選名、家宅造作の式法地形の選定、物の寸法、等其物体の動靜に應じて、選擇誤る事なかれ、種類に應ぜざる數を用ゆる時は、其物必ず死物となる恐れあり。萬物の死活起廢は皆數の然ら然しむる者なり。能く注意すべき事なり。                             終 “


伝書にはない華道の世界を感じさせてくれました「華道玄解」ですが、規矩の巻から未生流宝器 七種竹花器と竹花器の寸法の規矩を少し述べて最後としています。約3年かけて通読しましたが、その内容のズシンとくる重さに絶える事が出来るのかと感じています。

どんな世界もそうであるように、華道界においても戦後続いた華道のバブルというべき時代に迷わされ、残念ながら学び・教えの姿勢がラクな方に走ってしまったところもあり、今があるのではないかと思います。30年以上も前からバブルの弾けている音が聞こえていたにも拘わらず、忙しさにかまけて教えるのにラクな形を求めた結果ではないでしょうか。

華道には、「いけばな」に加え「華の道」というべきものがあります。今一度「華道」という道を学ぶことで、両輪が滑らかに稼働するのではと感じる次第です。38回にも及ぶ「華道玄解」荒木白鳳著の閲覧にお付き合い頂き、ありがとうございました。


これまで、この「華道玄解」を始め、コラムを通じていけばなにこだわることをお話ししてきました。こんな独り言も、自身書くことが何ものかを学ぶきっかけになっています。

 

次のコラムにつきましては、いけばなの基本というべき事をと考えています。ありがとうございました。

                       初寿斎 重甫

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