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  • 未生流東重甫

「華道玄解」 荒木白鳳著 閲覧33

2023年2月のコラム 「華道玄解」 荒木白鳳著 閲覧33

                                               

 新年となってすでに2ヶ月が経過していますが、新年あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。2023年初めてのコラムです。

私事ではありますが、今年も家族揃って近くの長岡天神で書き初めをしました。孫達は何を書こうかと周りを見ていましたが、書いてみるとそれなりにしっかりした字を書くようになっており、こんな所でも成長を感じさせられました。

日々進歩とはよく言ったもので、子供達だけでなく、私のような年になっても、それは変わりません。今年も今までに無かったことを体験しつつ、色んな事を学ぶことが出来るように望みます。とはいえ、もう2月、早くも春を迎えますが、私は「春」という響きが好きです。春は全て動くときで、五行ではと木に属します。


ところで皆さんの今年のモットーは、何でしょうか?毎年の新年を迎えてのコラムでも述べていますが、私はこの数年「泰然自若」をモットーとしていました。今年は王陽明(1472年~1529年)と同年代の儒学者であり政治家である「泰然自若」の出典であろうか、崔後渠(さいこうきょ)の言葉を借りることにしました。

六然(りくぜん)から、「得意澹然(たんぜん)」「失意泰然」、つまり謙虚で常に自然体であれというものです。ちなみに六然とは「自ら処すこと超然、人の処すこと藹然アイゼン、有事斬然(ざんぜん)、無事澄然(ちょうぜん)、得意澹然、失意泰然」と続きます。


今年も新しい何かに挑戦するというより、チャンスがあれば前に進みたく思います。昨年に続き今年一年、このコラムの「華道玄解」を読み進めることで、僅かでも良いので進歩を実感したいものです。

今回は挿花でも特に大切な「虚実」について説かれている「妙空紫雲の卷參考資料」から『虚實の解釋』を読み進めます。


“虚實の見解は。華道にとりて最も大切の事なり

虚にかたよる時は眞理を失ない。実に偏する時には道の發達をさまたぐ、虚實等分に應用なすは、華道の主要たる處なり、時に應じて或は虚を七分、實を三分または實を七分、虚を三分、或は虚實を等分に應用す。たとへば世間の普通教育には實を七分に、虚を三分加えて教へ、宗教には虚を七分に實を三分加へて教示す華道は三様随時に應用す

而して華道に於て虚とは

広大無邊と譯し、無限の眞理と譯し、自然の作用と譯し、大空と譯し、無形と譯し、氣体と譯し、光明と譯し、智慧と譯し、金剛と譯し、不動と譯し、不止と譯し、不壊と譯し、不染と譯し、神力と譯し、無擬と譯し、方便と譯し、精神と譯し、文飾と譯し、美裝と譯す。實とは萬物の形態を指す故に天体、地形、氣候、動物及其個性植物。及び其個性、時代の變易、人情の善惡、流行物の推移、皆是實なり


故に男女兩質の特性も、ここの異性も、共に大虚の働き、則ち自然の與ふる実質なり、然るに此特質に各缺點と長所とあり、此の特性の短を補ふのが則ち人虚の働きなり、長所を利用するのが虚の働きとなり、然るに世間に此の虚を誤りて僞りと誤解して惡しき方のみに使用する惡習あり、則ち虚言、虚僞、虚飾、虚禮、虚大の類なり、華道にも此の惡習あり、挿花の形式を誤りて虚となす事あり、植物自然の長所を減損して人爲の我見に依る法形を作る事を虚なりと盲信する人あり。故に草木の美徳を滅却する事多し、華道に挿花の法形を制定するは、宇宙大自然の定理を教示する一つの便法なり、故に三才の法格を教示する挿花は、草木の美性を完備せざる品種を用ふ、既に三才の定法を理解し、草木を愛用する時には、草木自然の特長存留して是れに、宇宙自然の妙徳を加へ一つの花格を調ふ、是を体用相應と云ひ、虚實等分といふ、故に挿花の實用には法形を限定せず、或は花によって器を撰み、器に應じて花を撰み、席に應し機に應じて變化自在に活用す是を体用相應の花といふ

天性に色、香、雅の美徳を完備する草木は、其個性を七分存し、自然の法則を三分加へて愛用し、美性の缺たる草木を愛用する時には、其個性を三分存留し人巧に依て自然の美徳を七分加へて活用す

自然の美徳とは則ち三才の法形なり、草木自然の個性を滅損すと雖も虚より出て、萬法の實に歸る故に虚實等分の法理に適ふ、凡天下の生物悉く長所と缺點の備はらざるはなし、植物の時に随って分を守は其長所、機に應じて變化せざるは缺點なり、動物の自在に活動するは長所慾の爲に分を忘失するは缺點なり、此の兩徳の眞理を感得するは人類の長所、愛着の爲の分を忘れ。亦自在性を禀くるに依って慾望增長して徳を滅損するは缺點なり、此の長所を發揚し、缺點を補ふ事が人道であり。華道であり、本實等分であって則自然の道で有る故に流祖は体用相應等分を以て華道教示の中眞とす、重ねて云ふ虚は自然の眞理にして本來なり空と雖も無礎の、法なるに依って宇宙体なり不動なり、實は萬物の實質にして形体ありと雖も常に不定なり、人目前の見解に依って、常に虚實の眞理を顚倒して見る。斯の道を學ぶ人能々考窮すべき事也“


以上、虚実の解釈について、細かく説いています。なお、虚実については、伝書体用相應之巻に『虚実の論』として説明されていますが、解釈するには我々に知らしむべく説かれているように思います。参考までに以下に未生流伝書「体用相應之巻」から『虚実の論』を紹介します。


“挿花の姿に虚実を備うる所以を弁ぜば、実なる草木を伐りて縦横勾弦の法形を備え、花葉を透かし直木を撓げ、曲れるを揉めて根をよく締め挿けたる処は虚なりといえども、諸人の好む処なればこれ実なり。虚実等分を挿花の法とす。されば出生の儘の直なる枝は実にて 詠め少き故に文たる虚を備え曲をもたしめ、皮肉骨調えば万人これに進む。故に虚は実となるなり。虚実文質彬々*たる処これ萬物一切の法なり。

虚は則ち法の実ならんか。諸道具等に至る迄 用を達する処裏にして皆虚なり。人も背は実にして表なり。腹は虚にして裏なり。しかれども裏にて用を調う故にこれを面という。これ虚実なり。かつ人は虚を面にし実を中に含みて諸事行なうは仁の道なり。畜類は実を表にし虚を中に含めり。これによりて表は吉、裏は凶、則ちこれを実虚と云う。用を達する処も実なり、表なり、かつ、又人面獣心の者あり、これらは畜類同然実虚に事を致すなり。右よくよく勘考あるべし。“


*:文質彬々(ぶんしつひんぴん):飾りと中身、外見と実質。彬々とは分と質とが適当に交わっているさま。孔子の「論語」に、「質文に勝れて則ち野 文質に勝れて則ち史 文質彬々、然後君子」とあり。


以上の通り「華道玄解」では、体用相應之巻參考資料に虚実の説明はなく、妙空紫雲の卷參考資料で説明されている訳です。理由はともあれ、今一度伝書を読み返していただければより解釈しやすいものと思い、紹介しました。

なお、来月は「妙空紫雲の卷參考資料」から、妙空紫雲の最後になります「神儒佛の道と華道」を読み進めていきます。


今年は卯の年(うさぎ年)です。ところでなぜ月にうさぎが見えるのかご存じでしょうか?諸説あるようですが、これはまたの機会にでも。

皆様方にとって、日々是好日の思いで楽しく、結果素敵な過去を作れますように祈念いたします。

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