• 未生流東重甫

「華道玄解」 荒木白鳳著 閲覧26

華道玄解」荒木白鳳著 閲覧26            2022年6月のコラム


5月半ばを迎える頃には南の方から「梅雨」の声が聞こえ始めました。山々の木々にとっては恵みの雨であって、花を咲かせ、葉を生じて将に生きるための糧なのでしょう。様々な木々の新芽の色が心を慰めてくれます。大きく膨らんだような新緑の活き活きとした景色は美しいものです。

私自身、梅や桜の花の賑わいは美しいとは思いますが、心に響くものではない様です。実際、名も知れぬ木でも、山里の木々達がそれぞれの春を喜んでいる様な景色に感動します。そういったこともあり、6月を迎えると晴れ間には目養いに出かけたくなります。

梅雨の長雨に咲く紫陽花は、晴れた時より美しいものです。絵にある様なでんでん虫(カタツムリ)が角を出して佇む姿に季節を感じますし、何か語りかけてしまいそうな雰囲気を持っています。これから迎えることになるであろう酷暑の日々を忘れ、一時の安らぎの時間をしっかり味わいたいものです。そして、このような一時の安らぎに加えて愉快な人生を送りたいと思います。「愉快な人生を送るための心の持ち方」を述べた言葉があります。

「心が明るく前向きであれば、暗い部屋の中からでも青空が見えるように爽快である。心が暗く後向きであれば、真っ昼間であっても悪魔や鬼が出てくる」

これは菜根譚にある言葉ですが、同様の言葉を多くの人が言っています。そういえば、「仕事を趣味にすると、一生仕事をせずにすむ」というようなことを誰かが言っていたような気もします。確かに、心の持ち方次第で今の自分の境遇でさえ幸せにも不幸にもなり得るものです。どうせなら楽しい時間を過ごしましょう。

さて、今月も華道玄解閲覧として「養の巻參考資料」の『人類養の基礎』を読み進めたいと思います。

“凡人類の向上を計るには二つの法あり。一つは其性格を養ひ質を完全ならしめ。一つは其体を養ひ質を完全たらしむ。故に一つは内より起って外を調ヘ。一つは外より起って内を調ふ。是れ表裏の法なり。然れども内より起って性を先に全たらしむるは少し。外より起り体質の感覺に依て性質を完全たらしむる者は多し体質の感覺より完全なる人種を養成するには、先ず家族の円満よりして起る。家族の和合は、完全なる家相の家より來る。円満なる家相を調ふるには完全なる地相を撰ぶには先ず方位を定め。八卦の法に依而數を撰び。是れに倚って定むる事此れ養法の根元なり。方と數とは、第一の法なり。八卦は即ち天運の告ぐる所なり。新たに開き其地を繁榮ならしめんと欲せば、此法に順ずべきなり。譬へば土地の永遠に繁榮する處を看るに、必ずその地の理、宜しくして、交通便あり。道路完全にして其市町村の家屋正しく整ふ故に区制井然として人情善し。故に人に溫情なり。融合心あって、能く一般の人円満に協力す。然るに是れに反して、地の理。悪しく、交通不便にして、市町村の制律乱れて、家屋不整。家相個戸に異なる處は、其の地の道路常に險悪にして、不潔なり。人に溫情なく。不和にして協力せず。故に人情次第に惡化す。是れ外より起って自を感化する自然の眞理なり。人種の善導法は自然の法則に順應して先づ、地形を善良ならしむるに基因す。

然れ共此法深遠にして常人能く行ひ難く。一人の力の及ぶ所にあらず。學力に依って是れを行ひ。團結の力に依て行ふ者なり。故に人を指導する者譬ば教育者、宗教家。多数の主腦者。一町村一市郡を統治する人。國家の政治を爲す人は必ず行ふべき事なり是れ人種養成の根元なり。

若し個人に是れを成さんとならば、先づ其一分を善良ならしむるにあり。第一に地形の高低なからしめ。濕氣を多く留めざる事。不淨の地を清潔ならしむる事。是れ地形善相の一分なり。家宅は西北の風をうけざらしめ。東北の氣を少しく受け入れ。東南の風氣を多く受け南西の風を通ず家屋は善相の一分なり。また家屋の四隅を清潔にし。床神佛の場所を設け。是れを常に清淨ならしめ。火水の所の清潔なるを良家相と謂ふ。

如是家宅に居住する人々は、常に心に快感を覺へ、家族の氣自ら和合す。故に精神に活氣加はり、身体の動作自ら敏ならしむ。故に体質堅固になり病根を除く。故に各自の所用を滿足に努め、勞に苦を感ぜず。故に其家愈繁昌す。家榮ふれば各々其所得を增す。徳豊かならば人自ら其質は善良となる。質善良なれば必ず其行ひ善に進む。是れ外より起って内心を調ヘ完全なる人を造る個人養法の一にして、則人道の順道なり。体を基とし心を感化するは逆法なり。内より起って外を完全ならしむる是順法にして人世の本道なり。此の法は先づ第一に精神の修養を基として、本心を定むる事是なり。而して常に己れの性質を反省し其特性を觀じ自分特長の業に倚て世間に順應して正しき人世の道を進む事なり。正道には必ず自然の冥助あると知るべし古より此理を感受する人は如何なる險悪の地に處すとも、惡世に坐し如何なる災害に遭ひ惡相の家に居住すとも、更らに己れの本心に感化を及ぼす事なし。常に精神堅固にして、心顚倒せず。此人、人類の本分を悟了せる故なり。

人類の本分は天賦の業に倚って、自然の大業をも補佐し公用を勤むる事なり。故の天地と其徳を合せて萬物の靈長とす。故に天地神佛は此の人を冥助す。此故に本分を能く盡す者必ず識財の兩徳。何れか其の一つを禀て具備す。“

常々考えることではありますが、自分を生きるとはどういうことなのか、また、どのように生きるべきかを教えてくれる書は多くりますが、感銘を受けるまでには至りません。私にとって多くの言葉より「一言」の自分にとって心に響く言葉が解りやすく役に立つ気がします。

陰陽五行の五常に「仁礼信義智」がありますが、今更ながらこの一字ずつに心を動かされます。我々が生きる上で一番大切な、そしていけばな人である私にとってまず五行の最初の「仁」、いわゆる「思いやり」は大切なものです。今の時代に即した言葉とはいえない世情が残念です。

池坊専永は「いけばなと伝統」と題して花の秘伝にて次のように述べています。

『天地人の三儀によって生花を挿けると云うことは、草木によって美しい釣合を造る爲の一つの原形をそこにみだしたと云う事である』

いけばなを習い、自分の花をいける過程で、古典の法則を自分の感覚を通してどのように生かし得るかを知り、そこから自分の創意工夫を集めてゆくところに、いけばなの正しい伝統に則した歩があるのではないのでしょうか。

「温故知新」ではないが、時代相応の姿を求める上で大切にしなくてはならないことを与えてくれます文化に身を投じる以上、その恩恵をしっかり受けたいものです。

来月の「華道玄解」閲覧は、今回の続きで「養の巻參考資料」の『人類養の基礎』を読み進めたいと思います。

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