• 未生流東重甫

「華道玄解」荒木白鳳著  閲覧16

「華道玄解」荒木白鳳著  閲覧16 2021年(令和3年)6月のコラム

何事も自然の成せる技とは言い切れない現状ですが、自然の美しさは変わりません。6月にもなると瑞々しい新緑が目に鮮やかで、一瞬心を洗われる思いがします。

今年は、春から初夏に掛けて咲く花が春に咲き終わってしまい、すでに新緑が山を早く彩ってくれています。この山の重なりを、日本独特の景色と言っている人がありましたが、まさにこの狭い空間を旨く使い、山の初夏を演出してくれます。常緑樹を常磐木(ときわぎ)として、神の依り代として崇めていた時代にうなずける思いです。常磐木とはいえ、季節はあります。春には膨らむような表情があり、秋には物思う情緒豊かな表情を持っています。

常磐木の春はいつなのかはわかりませんが、竹の春を7月というように、それぞれが春という季節を持っていることと思います。

行く春を惜しみ来る春を待つより、移り来る季節の表情の豊かさに、心を寄せたいものです。


さて、先月は『華道玄解』「華道十戒の教義」をご紹介しましたが、念のためおさらいです。


<十戒>


不(ず)レ 爲(なさ)二 過(くわ) 度(ど)ノ 飲(いん) 食(しょく)ヲ一   

不(ず)レ 食(くらは)二 未(いま)ダレ 熟(じうく)セ 果(くわ) 菜(さい)ヲ一

不(ず)レ 挿(ささ)二 未(いま)ダレ 至(いたら)レ 期(き)ノ 草 木ヲ一

不(ず)レ 爲(せ)レ 傷(しょ)二 害(がい) 無(む) 益(えき)ノ 生(せい) 物(ぶつ)ヲ一

不(ず)レ 用(もちひ)二 無(む) 益(えき)ノ 火(くわ) 水(すい) 土(ど)ヲ一

不(ず)レ 爲(なさ)二 幼(よう) 兒(じ)ノ 過(くわ) 裝(そう)ヲ一

不(ず)レ 軽(かるしか)二 老(ろう) 幼(よう) 卑(ひ) 賤(せん)ヲ一

不(ず)レ 恨(うらま)二 師(し) 親(しん) 之(の) 戒(かい) 言(げん)ヲ一

不(ず)レ 恨(うらま)二 自(し) 然(ぜん) 之(の) 時(じ) 戒(かい)ヲ一

不(ず)レ 嫉(ねたま)二 親(しん) 友(ゆう) 他(た) 衆(しゅう)ノ 功(こう)ヲ一



『華道玄解』「華道十戒の教義」の「教義」に今月は進んでいきます。教義とは次の10の決まりごとのことです。


<不爲過度飲食 (かどのいんしょくをなさず)>

飲食は神明を養ふ基礎なりと雖も、度を過せば身心を害す。殊に飲食肉食過ぐけば、氣根を破り、本心を失ふ。菜食も過れば五臓の働きを妨げ、常に睡眠深く記憶力を鈍くし。知識の發達を害す殊に身体を勞する人は是に依って体質を虚弱にし、命數を短縮する憂あり。故に自分の爲に是れを戒む。

<不食未熟果菜 (いまだじゅくせざるかさいをくらわず>

地上に草木を生し、期至れば必らず用處あり。故に大地是れを養育し、成熟の時來らば味自ら備わり動物の薬食の用となる。禽獣是を知て時期を待て喰ふ。若し未熟の果菜は食すとも、養分具備せざるが故に、効あらず然るに人是を珍味なりとして好む事あり。是れ自然の授くる物の期を待たずして食ふは、當に盗罪たる事免れ難し。是れを常に犯す者は、理非の分別を誤る。故に常に身体虚弱にして將莱の徳を減じて老後次第に衰運に向う。故に是を戒む。

<不挿未到期草木 (いまだきのいたらざるそうもくはささず)>

草木は宇宙に於て万物を利す。其用廣大なり時期至れば様々の用途あり。然るを生して未だ其用を爲さざる中に私しの慰みに、之を殺傷して挿花の用材と爲すは、自然に背む華道の意に反す。是を犯す者は自ら其徳を減ず故に是を戒む。

<不爲傷害無益生物 (がいむきえきのせいぶつをしょうせず>

宇宙に一物を生するや、此物自ら命数定まり必らず一役ありて用を爲す。天地は無用の物は一物も存留せず。然るに人是の理を深く辨へず猥りに無用の生物を傷害す。生ある物情あり靈あり。若し傷害に遭へば必ず怨恨の念慮を残す。故に傷害する者に必ず怨恨の氣の報はざる理なし。然れども有生の物皆其用途異なり。或は生中に用を果す者あり。死体を以て用を果すものあり。故に若し生物の命を斷ずとも其用途正しく一役を便ずれば、敢て悪報あらず若し私慾の爲め、妄りに之を犯せば、必ず悪報あり故に之を犯す事を戒む。


<不用無益火水土 (むえきかすいどをもちいず)>

夫れ火水土の三物は、万の根質なり一點の燈火暗を照し。一碗の水能く命を繋ぎ、一尺に土能く万寶を生ず。三物は我等人類の命を救護する神なり。亦万物の父母たり。然るに人類の是の理を感ぜずして乱用する事多し。万物其用の土地を己れの領分と思ひ。空處と爲し土の大用を妨げ、無用の火水を無益に爲す事上位の人の多し。是れ皆不應の蓄財より來る所の罪悪なり。卑賤の人常に乱用して性徳を損ず。然れども是れを心付ず此の悪報に依て徳を減損する事多大也或は驕奢の因となり。腫病の因となり、諸病の根元となる。故に自守の爲め是を戒む。

<不爲幼兒過裝 (ようじのかそうをなさず)>

人自ら天賦の徳あり。生時の徳は先修の應果なり。一代の受徳略ぼ定まる。然るに是れを早く使ふ者末期に、徳薄し初めに徳分を遇さざる人後に徳豊なり然るに幼児無心なる中に父母の盲愛に依て、徳を減損す故に幼少時代豊にして中年以後不幸なる人世に多し。是れ皆父母に依て作る罪悪なり、人幼少時の習慣を去る事能はず、此の悪習の爲め終生身を誤る起因となる。世に一人を生ずる是れ父母の子に非ず。世間の子なり。唯緣に依て母体に宿る母体を離るれば世界の一員なり。親は緣に依て保護し、子は縁に依て報恩す。是れ自然の道なり。然るを親は自分の子と邪推して盲愛し、保護の道を誤る。此の誤信より世人の本分を失はしむ事多し是故これを戒む

<不輕老幼卑賤 (ろうようひせんをかろしからず)>

宇宙の万物各々一役ありて必ず此れを爲す。人類の受くる体も皆平等なり。体のなす所の要用も亦平等な。り。業に種々の區別あるは、草木の性質種々の別あるが如し。或は大、小、長、短、藥、毒の差甘味、酸、苦と分れ。皆体に應じて用異なる、大は小の用を爲す事を得ず。苦は甘の用を爲さず。毒は薬の用を爲さず。効用悉く異なり。其種別限りあらず。然れども其の種用一分は、天下大用の一部にして俱に平等なり。而して各の体に受くる報酬は、悉く体の爲す功勞の程度に應ず自然は平等なり功に順應せしめて徳を分與す。人も亦是の如し老幼卑賤賢愚應じ爲所の用異なると雖も、部人類全体の一を勤むる者として、其功は平等無差別なり功徳の分附は自然に報酬あり。人類の知る處にあらず。授用平等なるが故に、人自然に具備する階級も千差万別なり。老幼卑賤は自然の時なり。貴顯も自然の時なり。強壯も自然の時なり。老は前きに壯時あり幼は後に壯時あり、卑賤も時至れば貴賢となる。此れ自然の眞理なり。依而敢て卑賤老幼を輕んずる事勿れ。軽蔑の罪反って己れを損す。故に是れをいましむなり。

<不恨師親之戒言(ししんのかいげんをうらまず)>

師親戒言は慈悲の心やり發す。人幼少時より中年間には分別定まらざる故に。其行ひに過失多し。

故に師親先見有るに依って是れを戒しむ。然るに人誤りたる自身より此れを恨む事多し。

是に依って己れの榮進を妨ぐ故に是を戒む。


<不恨自然之時戒 (しぜんのじかいをうらまず)>

天災事變は自然の刑罰なり。時運の起伏は豫告なり人類の貧愚け時の戒めなり、衰運は草木の秋の景色と知るべし。盛運は春夏の風情なり。衰運の循環自然の時なり。然るに盛常に衰運を恨み、貧窮を悲み、天災地變を恨みて、己れの行ひを改る事を爲さず。貧窮は基と己れの奢りより招く天災地變

は衆人の悪行より來る是皆己れ自ら招くものなり。故に時戒は自然の警告なり。故に戒めは己れを救ふものと知るべし。是の故に時災を(のでは)事を恨戒む

<不嫉親友他衆功 (しんゆうたしゅうのこうをねたまず)>

人の榮達は善行の功果なり。陰徳を爲すもの時至れば必ず發す。盛運の遲るるあり疾き者あり是れ皆時運の然らしむる所なり。其人の現世に於て榮ふるに、二種の別あり。一つは順、一つは逆なり。順は善因によって榮へ、逆は惡行に依って榮ふ。善徳の人は榮ふるに随って、愈々善道に進み、惡行の人は榮へるに随って、愈々惡を行ふ。而して惡運の進み榮る事は火の如く、矢の如し。善運の進み榮ゆる事、河水の如く遲々たり。

猛火は一夜にして万物万賓を焼盡す。河水は日夜に万物万賓を生出す。猛火は急進して影を止めず、空中に沒す。河水は海に入って万代不易、順逆の榮進結果また如是。惡は榮えて他を害し、己れを滅する事猛火の如し。善は榮えて他を利する事海水の如し。然るに人皆是の榮進を一様に見て羨望す。故に人の榮ゆる事を嫉妬するは人類の常なりと雖も、唯一様に見るは愚の極なり。此の嫉妬心より己れを害する事限りなし。

是の故に嫉を戒む。

右の如く華道の十戒は己が身を守る基にして、家を修め國を治る寶なり。世界平和の根元たり。能々考慮あるべし。


華道にしても、人の道としても普段気にしている事ではありますが、なかなか難しいことです。水が低い方に流れるように、人は楽な道を歩むのが常です。いけ花だけに限らず、諸芸に携わる人、中でも教える側になる人の心構えを十戒として説かれている事は、有り難くもあり、耳が痛いような気もします。


真言は美ならず 美言は真ならず


と老子の言葉が新鮮に感じます。

次回は挿花参考の圖範(図範:ずはん)を紹介します。

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